ろまんすのかみさまを

エンタメ系レビュー。日々の細々はTumblrで。ノリノリで記事を書いて、後で読み返して赤面してます。

洋画『the blue butterfly』を見た

こんばんは。

久しぶりに記事を書きます。

ブログって続かないですね。

 

さてさて、昨日『the blue butterfly』を見ました。邦題が『天国の青い蝶』で,「あっこれ絶対ヒューマン系じゃん、大好き!」と飛びついた本作。 

 

はっきりいって,ストーリー展開が安直すぎな感じもある。「え、そこ!」感の残る作品でした。

 

あらすじは以下↓

movie.walkerplus.com

以下より映画を勝手に解釈。

この映画の見どころは2つ。

 

「なぜい蝶にこだわるの?」

先住民の村で出会った,ピートと同い年ぐらいの少女ヤナがピートにそう問いかけるシーン。

続けて「あなたも私もすべて青い蝶なのよ」と。

ピートもその場では意味が分からない。

青い蝶“ブルーモルフォ”は生命の神秘や奇跡の象徴として扱われているが,ヤナはおそらく“生”そのものに対する答えを投げかけている。と思う。

“生きているということ”それ自体が神秘であり,奇跡である。つまり,人間も青い蝶も同じなんだと。もちろん森の他の生き物も。

ピートは,末期がんで余命が短い。作中彼はそれを受け止めている。

“死”という運命からは逃れられないから怒っても仕様がないと必要以上に達観している。

しかし,そんな彼が,彼が青い蝶にこだわり,捕まえようとした理由は「生きたい」という意志が彼のどこかに眠っていたからではないかと思う。

終盤,ピートはヤナにもらった青い蝶を標本にするために蝶に注射針を刺そうとするが抵抗しない蝶をを見て,「僕と同じだ 怒らないんだね 君は生きられる」と蝶を逃がす。

もうすぐ死ぬ自分と蝶を重ね,蝶の生を奪わないピートの姿勢には,はかなさと底抜けたすがすがしさを感じる。

 

共生というテーマ

 青い蝶を探す最中,昆虫博士のアランが1つの花を採ってピートに見せる。

花の中には甲虫がいて

「甲虫がいないと花は受粉できない,花がないと甲虫は棲み処がない,これが共生なんだ」とピートにいうシーン。

“共生”とはお互いが支え合っているということ。

この話を聞いてピートは母のことを考えたのではないか。

ピートの母は死にゆく息子を想い,世話を焼く。ピートもそんな母を気遣う。

しかし,実はそれは母が,ピートにすがっていて,互いに支え合っているとは,言えないのではないか。

青い蝶を見つける最後のチャンスの前夜,ピートは母にアランと二人で蝶を探しにいきたいと告げる。

「お母さんは目的が違うから」と。

「僕は蝶を捕まえにきた。お母さんは僕のためにきた。だから,アランと二人で行かせてほしい」と。

母を想うからこそのピートのこの発言。しびれた。

 

以上

勝手に感想でした。また来週~